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平均的な革命

 「宇宙はテクノロジーである」そして「物理的宇宙は、
それ自体がすべてのテクノロジーを生み出している。」

このフラーの確信によって、
あらゆるエネルギーの無料化を達成できるテクノロジーを
支配する世界権力機構が科学者フラーを徹底的に孤立させた。

なぜなら、すでに発見された宇宙のテクノロジーに依存すれば、
「個人が必要とする(もの)はすべて、すでに支給されている」
という事実が露わになるからである。 


『宇宙エコロジー 』平均的な革命 梶川泰司 2004
(バックミンスター・フラー+梶川泰司=著 18、19ページ)

自己同型性(モジュール化)

構造は、圧縮力よりもはるかに張力によって制御され
張力は、その圧縮力によって個性づけられる相互関係を形成する。

それによって、圧縮材のみが外力に対抗する段階が完全に消失する。

圧縮材と張力材のそれぞれの自己同型性(モジュール化)は、
構造の統合力の現れであり、その物質的手段なのだ。

構造のモジュール化を形成するのは、
対称性に関わる数学であり、エンジニアリングである。
つまり、シナジェティクスへと接近する。


レゴ(=LEGO)は、物質構造のモジュール化に失敗したもっとも貧弱な自己同一性の教材である。)

広大無辺に拡がった虚無という企て

貨幣経済学が、自然資本(海による膨大な二酸化炭素の吸収力や酸素や水など)と
自然エネルギーを貨幣価値に換算しようとしないのは、
宇宙とは広大無辺に拡がった虚無ではなく、
統合されたテクノロジーの集積であるという現実を隠蔽したいからだろう。

さらに、GNPの公的部門から外的コスト(公害対策費など)をすべて隠蔽する行為も、
1980年代から贈与経済学を完全に隠蔽してきたのも同じ動機だ。

シントロピーは、
広大無辺に拡がった虚無という人類の企てを無価値にする
非人格的な宇宙のテクノロジーである。

エコロジーの起源

科学で偽装したエコロジーは先験的主観性が決定的に不足している。
エコロジーの起源は、
ダーウィン一派の適者生存説を推進していた動物分類学の権威ヘッケルにより、
生物学の一専門分野として創設されたにすぎない。
エコロジー理論は
明らかに地球外エコロジーを除外した歴史を引きずっている。

水耕栽培技術は、陳腐化された不完全な食料生産技術であり、
汎用的な太陽系テクノロジーではなかった。

現在、火星での食料生産には地球の<土壌>を運ぶのがもっとも科学的な方法である。
最新のエコロジー理論は、自然には到底及ばなかったのだ。

エコロジーの起源は、依然、未知な宇宙である。

人工物(artifact)とは何か

生存するには非生産的すぎるこれまでの
人工物(artifact)とノウハウのほとんどは、
権力構造に属する人間が考案した適者生存の産物である。

鯨の海洋ネットワークは、哺乳類の人工物(artifact)である。

その鯨のネットワークに比較すれば「電力と情報のネットワーク」さえ、
抜け目なく課金するための分断された局所的なネットワークである。

アンチ・プロダクトデザイン再考

デザインサイエンスから学んだことは
経験の目録全体が同じでも、
経験を系統立てて述べる方法は絶えず少しずつ変化し、
思考過程に他者が参加すれば、常に自発的な思考が継続できることにある。

デザインサイエンスとプロダクトデザインとの違いは
すべての方法は目的意識(=know why)が先行することにある。
デザインサイエンスに、プロダクトデザインコースは存在しない。

自分が関与したい領域のすべての知識と手法(=know how)を学んでから
目的を達成するデザインを形成することが
もっとも効果的だと思考する疑似<システム>は
シナジェティクスにも存在しない。

反経済学的現象

張力は、それを持たざる圧縮材を攻囲し、それらを介して、また彼らを通して貫かれ閉じられる。
圧縮材は張力に依存しないで存在できるが、張力は圧縮材を拠り所にする。

しかし、閉じた相互作用によって
圧縮材自体が、張力に与える影響力を拠り所にするようにして
より短く細く軽くなる。
それによって、テンセグリティ球の場合は、その直径を無限化できるのである。

単位体積あたりの構造を構成する重量は、より軽減されていく。

より重要な圧縮材の存在(=唯一無二の大黒柱の権力構造)を否定した
この現象の認識は、経済学には未だ存在しない。

中央銀行を必要とする構造なくして経済が存在しない世界観は時代遅れである。

宇宙に固体的構造は存在しない

構造とパターンを一般的な歴史の枠組みで解読すること、
あるいは、歴史的な系列全体の解読原理として構造とパターンを解釈すること、
これら行為が同時に可能になった時、
固体と振動という観点から
構造がもはや離れることのできないような
固体という概念の非科学性が露わになった。

そして、外部からの振動エネルギーは
そのエネルギーが通過する構造をより強化するという
構造とパターンに関する
普遍的なシナジー原理の発見が訪れたのである。

固体的構造は宇宙には存在しないという
科学的認識論はシナジェティクスに始まる。

ポジティブとネガティブ

社会や学校では、今なお
ポジティブとネガティブは
互いに反転可能な鏡像関係に置かれている。

正義とモラルは
悪と懲罰にそれぞれ置換できる。
そして、
明晰は、愚鈍と非論理性に、
裕福は、貧困と不足に、
愛情は、暴力と無関心に、
知識は、無知と競争に。

自然は、ポジティブとネガティブを
互いにネガティブな関係で構築しない。

ネガティブな存在は
けっしてポジティブな存在の反転からは生成されない。

中性子が電子(ベータ粒子)と反電子ニュートリノを
放出して陽子になる現象のように
電子が陽子から生成されないように
自然は非鏡像的な存在を共存させている。
同時的または非同時的に。

そして、テンセグリティ構造における張力は
圧縮力と非鏡像的に共存し、圧縮力からは生成されない。

圧縮材からのみ思考した構造とその歴史は
決定的に反自然であり
地震などの種々の振動によって構造の崩壊を防止するために
自然に対立する固体的構造しかデザインしなかったのである。

臨床テンセグリティ再考

テンセグリティに関する理論や体系は
単なる歴史と共に過ぎゆく存在に過ぎず
ある種の物質と工学の転移と衰退に過ぎない。

しかしテンセグリティには、
観察から原理が発見されなかった希有な歴史性があり、
これは非体系に属するものであり、臨床テンセグリティの誕生に他ならない。

臨床テンセグリティの圧縮力と張力の相補的な
対比する概念と動的な均衡を補償する最適な工学の歴史こそ、
その真理を保ち続けていくにちがいない。

臨床テンセグリティは、構造の破壊を免れるための
共鳴現象を作動させるために
どのように対称性を導入し
あるいはそれを破壊し不要とするかの真理に関与している。

動的な均衡は有機体生命現象に限らない。

臨床テンセグリティは、つねに超軽量にデザインされ続け、
最終的には、浮遊可能な構造となる。