環境を変えると
しばしば思考法が変わる。
その思考法を変えるには
概念だけでは不十分だ。
既存の標準を陳腐化するだけの発見か発明が必要だ。
ところが、発見と発明は、
しばしば不十分な概念から生まれる。
環境を変えると
しばしば思考法が変わる。
その思考法を変えるには
概念だけでは不十分だ。
既存の標準を陳腐化するだけの発見か発明が必要だ。
ところが、発見と発明は、
しばしば不十分な概念から生まれる。
キンドル(kindle)とは、ウサギが子どもを生むことである。
(この場合、ウサギは基本的に食用である。)
一方、キンドル(Kindle)はamazonが展開している
ebookのプラットフォームの商標である。
この言葉は偶然の一致ではない。
歴史的に家畜は動く富であった。
牛は、ウサギの数百倍の体重をもっている。
タンパク質を豊富に蓄え、それほど短命でないこの大型の草食性動物は、
生命を維持するための実際的な富が可能な限り凝縮されているので
移動可能な換金手段になり得る。
銀行家が金銀銅の硬貨を貸し付けるときの担保にされた。
銀行家からお金を借りて貿易船に乗った冒険家は、航海が成功裡に終わると、
借金の返済と同時に、
担保とされた牛が航海中に生んだ子牛を〈利子〉として銀行家に支払った。
この支払い方法は、「カインド(Kind=現物)」による支払いと呼ばれた。
キンドル(Kindle)というハードウェアに、
読者は電子書籍という「現物」をダウンロードして知識を増す毎の見返りとして、
言い換えれば、「現物」のウサギが子どもを生むたびに
子ウサギという利子を支払うのである。
同時にアマゾンは作家から親ウサギという著作物の預かり料も徴収できる。
外見は著者の著作権料を支払う代行の課金システムに装っているが、
読者からも作家からも課金できる概念の構築に成功したのである。
彼らは21世紀の新しい銀行家に移行している。
Kindはかつて子牛を意味したが、 21世紀型銀行では、
ウサギのような小さな利子で十分なのである。
季節毎に草原を放牧させる牛の出生率とは違って、
餌を食べない重さのないウサギは無限に生めるから。
ピカソの偉大さに感動して、絵描きになりたいと思う人は
ピカソの絵を所有したいとは思わないだろう。
しかし、ジオデシック・テンセグリティの原理だけではなく
その実用性と経済性に感動したら、
だれでも自律的構造の機能を自ら再現して
生きるための道具にしたいと思うだろう。
すばらしい「製品を所有する」から、
「宇宙の機能を再現する」ことに時間とお金を使うだろう。
宇宙には人類がまだ利用していない「構造とパターン」が無数に存在する。
テクノロジーは企業が作り出すモノではないということが
理解され始めた。
(酸素や石油を備蓄したのはバイオスフィアである)
テンセグリティの圧縮材は互いに非接触である。
なぜか。
圧縮材が互いに接触することは自然ではないからだ。
自然が非物質化のために共鳴する場合、非接触を選択する。
エラスティックな素材のテンション材で構成されたテンセグリティでは
圧縮材は外力を受けると互いに接触する。
自然界で原子核が互いに衝突するのは核分裂の時である。
テンセグリティは。
本当の美がわかるかを知りたいために再現するモデルではない。
単純化の極限において、自然が採用する方法を人間が自発的に発見し
物質の合成過程に汲み上げることができるかどうかである。