シナジェティクス」カテゴリーアーカイブ

最初の自動機械

ITとロボットによって完全に機械化された人間こそが
最初の自動機械になれるのである。

自動機械へのプロセスとは、
1.
筋肉と条件反射によって機械化された人間は、
やがて自動機械に置換される。

2.
そして、物理的な生産者としてすべての存在意義を失った人間は、
もっぱら産業の均衡に不可欠な元素を
完全に再生的に利用するユーザとして存在し始める。

デザインサイエンスは、その元素の再生的な循環パターンにしたがって
<生活器(livingry)>を生産するテクノロジーなのである。

つまり、完全な<生活器(livingry)>がなければ
自動機械というユーザも存在できないのである。

アンチ・プロダクトデザイン再考

デザインサイエンスから学んだことは
経験の目録全体が同じでも、
経験を系統立てて述べる方法は絶えず少しずつ変化し、
思考過程に他者が参加すれば、常に自発的な思考が継続できることにある。

デザインサイエンスとプロダクトデザインとの違いは
すべての方法は目的意識(=know why)が先行することにある。
デザインサイエンスに、プロダクトデザインコースは存在しない。

自分が関与したい領域のすべての知識と手法(=know how)を学んでから
目的を達成するデザインを形成することが
もっとも効果的だと思考する疑似<システム>は
シナジェティクスにも存在しない。

シナジェティクス焚火

炉と煙突のない焚火は、閉鎖空間ではないと思われている。
だから、焚火から煙を減少させるためには
多くの酸素(または風)が必要だ。

煙の少ない焚火、つまり
ロケットストーブのように
吸気を引き込み、未燃焼ガスを二次燃焼させるという方法が
焚火にも応用できる。

つまり、流体が流れる経路に穴をあけると
そこから吸気を形成するというベルヌーイの原理は
焚火を無数の煙突がある一つの閉鎖空間に見立てることが出来る。

焚火に、明確な内部と外部が形成された時、
少ない薪でより長く、煙を減少させる焚火の方法が
より長い燃焼経路にあることが分かったのである。

より長い燃焼経路は、シナジェティクスの最密パッキングとその隙間の概念からやってくる。

この動力学的なシナジェティクス焚火も満月も
ともに互いに張力(=吸気)に変換された効果なのだ。

濡れた薪や腐食しかけた倒木ですら燃える
シナジェティクス焚火は、緊急時の基本的な生存技術の一つである。
(ムービーなどで、共有すべきデザインサイエンスの基本技術でもある)

反経済学的現象

張力は、それを持たざる圧縮材を攻囲し、それらを介して、また彼らを通して貫かれ閉じられる。
圧縮材は張力に依存しないで存在できるが、張力は圧縮材を拠り所にする。

しかし、閉じた相互作用によって
圧縮材自体が、張力に与える影響力を拠り所にするようにして
より短く細く軽くなる。
それによって、テンセグリティ球の場合は、その直径を無限化できるのである。

単位体積あたりの構造を構成する重量は、より軽減されていく。

より重要な圧縮材の存在(=唯一無二の大黒柱の権力構造)を否定した
この現象の認識は、経済学には未だ存在しない。

中央銀行を必要とする構造なくして経済が存在しない世界観は時代遅れである。

宇宙に固体的構造は存在しない

構造とパターンを一般的な歴史の枠組みで解読すること、
あるいは、歴史的な系列全体の解読原理として構造とパターンを解釈すること、
これら行為が同時に可能になった時、
固体と振動という観点から
構造がもはや離れることのできないような
固体という概念の非科学性が露わになった。

そして、外部からの振動エネルギーは
そのエネルギーが通過する構造をより強化するという
構造とパターンに関する
普遍的なシナジー原理の発見が訪れたのである。

固体的構造は宇宙には存在しないという
科学的認識論はシナジェティクスに始まる。

自動気象シェルター(climate autonomous shelter)

構造において、圧縮力の限界を超え、
さらに構造の大きさの限界を超越することが
許されているような構造は
テンセグリティ以外に存在しない。

テンセグリティ構造は、形態デザインの自由と共に始まるのではなく、
圧縮力の境界と、超えるべからざる自重(=重力)とともに
始まるのだということを知っている。

食料・エネルギー・水の生産と再生のすべてを行うことが許されているような
環境制御(自動気象シェルター=climate autonomous shelter)は
テンセグリティと共に物質化される。

光合成モバイルシェルター

地球から1.5億キロ彼方で輝く太陽光を使う
光合成を手放した人類の課題を
科学的に解決する方法はクリティカル・パスにある。

自由な心と
自律的モバイルシェルターによって
再びバイオスフィアの生きた現実と出会えるのである。


『クリティカル・パス―宇宙船地球号のデザインサイエンス革命』
バックミンスター・フラー著 梶川泰司 訳 2007年 白揚社

ポジティブとネガティブ

社会や学校では、今なお
ポジティブとネガティブは
互いに反転可能な鏡像関係に置かれている。

正義とモラルは
悪と懲罰にそれぞれ置換できる。
そして、
明晰は、愚鈍と非論理性に、
裕福は、貧困と不足に、
愛情は、暴力と無関心に、
知識は、無知と競争に。

自然は、ポジティブとネガティブを
互いにネガティブな関係で構築しない。

ネガティブな存在は
けっしてポジティブな存在の反転からは生成されない。

中性子が電子(ベータ粒子)と反電子ニュートリノを
放出して陽子になる現象のように
電子が陽子から生成されないように
自然は非鏡像的な存在を共存させている。
同時的または非同時的に。

そして、テンセグリティ構造における張力は
圧縮力と非鏡像的に共存し、圧縮力からは生成されない。

圧縮材からのみ思考した構造とその歴史は
決定的に反自然であり
地震などの種々の振動によって構造の崩壊を防止するために
自然に対立する固体的構造しかデザインしなかったのである。

シナジェティクス教育

領域的、部分的な知識ではなく普遍的包括的な知を求めるメタフィジックスは
形而上学と訳されたまま抽象的な思弁哲学に堕落させられ、
現在すべての義務教育課程で完全に除外された。

はじめから非同時的で無尽蔵にデザインされている
子どもの動機と自発性は、社会にとって潜在的な脅威だからである。

ほとんどの教師にとって
シナジェティクス教育は耐えられない驚異である。

子供から専門分化のための教育を否定される時ほど
存在理由を問われる事態はないからだ。

知識が子供を教育しているのではない。
シナジェティクス教育では、子供が自らを教育できる。

そして私は、しはしばシナジェティクスの研究を
子供たちと共に研究している。

自発性に基づく創造性は、高等教育からでは遅すぎるだけではなく
もはや教育不可能に近いが
自発性に基づく創造性によって
子供と私は互いにコミュニケーションできるのである。

モデル言語は、絶えず生成される。

臨床テンセグリティ再考

テンセグリティに関する理論や体系は
単なる歴史と共に過ぎゆく存在に過ぎず
ある種の物質と工学の転移と衰退に過ぎない。

しかしテンセグリティには、
観察から原理が発見されなかった希有な歴史性があり、
これは非体系に属するものであり、臨床テンセグリティの誕生に他ならない。

臨床テンセグリティの圧縮力と張力の相補的な
対比する概念と動的な均衡を補償する最適な工学の歴史こそ、
その真理を保ち続けていくにちがいない。

臨床テンセグリティは、構造の破壊を免れるための
共鳴現象を作動させるために
どのように対称性を導入し
あるいはそれを破壊し不要とするかの真理に関与している。

動的な均衡は有機体生命現象に限らない。

臨床テンセグリティは、つねに超軽量にデザインされ続け、
最終的には、浮遊可能な構造となる。