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シナジェティクスのモデル言語

嵐などで絶えず変化する応力を受けると
ジオデシック構造の圧縮材には
圧縮力だけではなく、非同時的に張力もかかる。

応力を受けてもつねに張力材には張力しか存在しないと同時に
圧縮材にはつねに圧縮力しか存在しない構造が存在する。

テンセグリティ構造の発見には
新たな概念の発見を伴っていた。

つまり、圧縮材には圧縮力のみがかかるという概念操作が
張力材は張力のみがかかるという
実際の非鏡像的な物理現象を引き起こしたのである。

単なる思考言語からは
この新しい現実を誰も発見することができなかった。

テンセグリティ構造をジオデシック構造の原理よりも
早く発見したバックミンスター・フラーのモデル言語は
理解よりも先行して生成されていたはずでる。

新しい現実は後に言語によって理解されるが、
その理解はモデル言語が生む現実とは隔たりがある。

実際、ダイマクションハウス(1944年)の量産化からの撤退後の数年間
デザインサイエンスに関するクロノファイルは
ほとんど存在していない。

彼は多軸テンセグリティ原理の発見(1949年)まで
シナジェティクスのモデル言語の起源を遡る過程に深く没頭しているのである。

モデル言語とは<実在と過程>そのものへ向かう探査なのである。

そしてこの探査なくして
21世紀にシナジェティクスは存在しない。

テンセグリティの懐胎期間

テンセグリティ原理が発見されるまで
圧縮力と張力の分離は
<構造とパターン>を問わず、いずれも構造の破壊行為とみなされた。

バックミンスター・フラーによる
初期の圧縮力と張力を分離し、統合する独創的な実験方法は、
酸素という不可視の気体元素の存在を証明する実験方法;

スズと空気を密閉した容器を加熱しても全体の重さに変化がないばかりか、
開封すると外気が流れる現象から、空気の一部が減少すると同時に
スズ自体が重くなっていることを証明し、従来のフロギストン説を葬り去った
ラヴォアジエの1777年の卓越した実験方法
と比較しても見劣りしないだろう。

つまり、見えない張力機能は圧縮材から<分離>することによって、
不連続な圧縮材を<統合>しているのである。

新たなテクノロジーの現実化を評価する
専門分化された科学者の理解よりも
さらに遅れて科学史は形成される。

21世紀の科学史で
テンセグリティ原理の発見がまだ扱われていないのは
テンセグリティの技術的な懐胎期間が
科学・産業史上最長になっていると考えるべきだ。

テンセグリティはより包括的なシナジェティクスによって
なおも未知な領域を残している。

Tensegrity & Integrity

テンセグリティ(tensegrity)の恐るべき誠実さ(=integrity)とは
構造的、数学的、経済的に、どんなに優れた構造とパターンを築こうとも
製作者の内なる意識が統合的に宇宙的に秩序だっていないかぎり
その無秩序さが外部の圧縮力との張力調和を
無残にも圧倒してしまうことにある。

シナジェティクスにおけるエンジニアリングとは
誠実さの内部化なのである。
あるいは、
内部に起源を生む(=engine)行為そのものである。

My initial harvest of mathematical structures produced by this new conceptual tool was a family of four Tensegrity masts characterized by vertical side-faces of three, four, five and six each, respectively. The three and four sided masts consisted of discontinuous compression islands of tetrahedronal strut groups mounted only in tension one above the other, while the five and six sided masts consisted of local islands of icosahedronal and octahedronal strut groups mounted vertically above one another, again only by tensional connectors. 
by R. Buckminster Fuller 1961

シナジェティクスと数学

モデル言語を排除したモデリングは堕落した工作であるが
形態的再現を目的としたテンセグリティモデルが
圧縮力と張力の構造的言語に変換できるとは限らない。

例えば、
ゴム紐やステンレスワイヤーなどをテンション材にした疑似張力モデルは
2点間距離を縮めるとテンセグリティ球の直径が増大する
テンセグリティ独自の相互作用を再現できない。

モデル言語の発見は
概念の物質化として現れるだけではなく
真のモデリングは<モデル化の可能性>を潜めている。

なぜなら、シナジェティクスモデルは
製作者と観察者の意図を超えて
新たな概念をすでにそのモデルが
物質化している可能性があるからである。

シナジェティクスのモデル言語には数学が含まれる。
その数学こそ、動的な相互作用を形成する<構造とパターン>を扱う。

725.02 Transformation of Six-Strut Tensegrity Structures: RBF

テンセグリティのモデル言語

圧縮材が互いに不連続になっている
テンセグリティ球の2頂点間距離を収縮させると
テンセグリティ球の半径は増大する。

この斥力作用を説明するモデル言語を
静的な幾何学に求めてはいけない。
まして、数千年間も支配しづけてきた
固体的な構造力学に期待してはいけない。

圧縮材がつねに
張力材をより押し拡げるのではなく
張力材をより引き寄せる機能は
テンセグリティ構造以外では形成できない。

もし、制作したテンセグリティモデルで
その機能が確認できなければ
テンセグリティのデザインが不完全であるばかりか
モデル言語が製作者に形成できていないのである。

                  梶川泰司

“Synergetics” fig.712 RBF

シナジェティクスとリアリティ

シナジェティクスは
始めを持たず、それゆえ終わりがない。

いかなる種類の安定も持たない自由に目覚めるとき
自己中心的な、限定された幻想的な中心が終焉する。

そして、論理的思考によって捉えられない
別の次元から新たな存在の絶えざる開示がはじまる。
それ以上のリアリティを求めてはいけない。

梶川泰司

シナジェティクスの反・転写モデル

RNAを遺伝子としているレトロウイルスは
DNAからRNAの転写を経てタンパク質へ翻訳された後に
自己複製するだけではなく
その自己複製の前に宿主細胞内でRNAをDNAに変換して
<標準>の逆反応を行う。

このRNAをDNAに変換する反・転写方法のように
シナジェティクスによる反・転写モデルの発見、
つまり、概念の解読または原理の発見、そしてその翻訳が
形態と機能の複製よりも優先されるのは
シナジェティクス独自の操作主義における反対称性を起源とする。

参照 
「正12面体における反対称性」
(『コスモグラフィー』補遺 梶川泰司 白揚社)

シナジェティクスの操作主義(operationalism)

シナジェティクスは
『圧縮力』と『張力』という概念が、実際に異なる概念にいかにして分離されるかを
どのような方法で分離するかという物理的操作を通して定義した最初の科学である。

実際、それらを反対称的な概念として
テンセグリティとして物質化したのである。

つまり、構造における重力に起因しない等価原理が発見されたのである。

真の構造には、大黒柱のような自重と重力に対して
より重要な部分は存在しないが、
テンセグリティのサイズは潮汐力を受けない程度に
小さいことが必要である。

テンセグリティの定義「不連続な圧縮材が連続した張力材によって統合される作用」こそは
その物理的・概念的操作によって生まれた
もっとも純粋な操作主義的定義である。

メタフィジックス革命

内部から生まれる相互作用は、統合をもたらすが
外部から与えられるエネルギーは、共鳴をもたらす。

テンセグリティ以上に<動的均衡>を
視覚化した物質の形態は存在しない。

その物質の形態は生物学的観察から生まれなかった。
<動的均衡>は生命有機体には限らないが
テンセグリティ原理の発見以後の
分子生物学によって生まれた概念である。

1948年のテンセグリティ原理の発見から
シナジェティクスでは、<動的均衡>は<シナジー>の概念に含まれていた。

それはシナジェティクスによる
決定的なメタフィジックス革命であった。

SYNERGETICS Fig. 505.41 Involution and Evolution.by RBF

シナジェティクスとデザインサイエンス

彼らは森の近くの同じ家で生まれた。
一方は裏口から、もう一方は表口から出かけた。

バックミンスター・フラーではなく
モルモットBによって、
地図のなかった森への最初の入口が発見されて
まだ1世紀を経過していない。

モルモットBはテクノロジーである。
シナジェティクスとデザインサイエンスを包括する
<自己のテクノロジー>である。
            
シナジェティクスからデザインサイエンスではなく
シナジェティクスとデザインサイエンスは
相補的で、そして非鏡像的である。
                  
                     梶川泰司