コスモグラフィー」カテゴリーアーカイブ

反経済学的現象

張力は、それを持たざる圧縮材を攻囲し、それらを介して、また彼らを通して貫かれ閉じられる。
圧縮材は張力に依存しないで存在できるが、張力は圧縮材を拠り所にする。

しかし、閉じた相互作用によって
圧縮材自体が、張力に与える影響力を拠り所にするようにして
より短く細く軽くなる。
それによって、テンセグリティ球の場合は、その直径を無限化できるのである。

単位体積あたりの構造を構成する重量は、より軽減されていく。

より重要な圧縮材の存在(=唯一無二の大黒柱の権力構造)を否定した
この現象の認識は、経済学には未だ存在しない。

中央銀行を必要とする構造なくして経済が存在しない世界観は時代遅れである。

宇宙に固体的構造は存在しない

構造とパターンを一般的な歴史の枠組みで解読すること、
あるいは、歴史的な系列全体の解読原理として構造とパターンを解釈すること、
これら行為が同時に可能になった時、
固体と振動という観点から
構造がもはや離れることのできないような
固体という概念の非科学性が露わになった。

そして、外部からの振動エネルギーは
そのエネルギーが通過する構造をより強化するという
構造とパターンに関する
普遍的なシナジー原理の発見が訪れたのである。

固体的構造は宇宙には存在しないという
科学的認識論はシナジェティクスに始まる。

ポジティブとネガティブ

社会や学校では、今なお
ポジティブとネガティブは
互いに反転可能な鏡像関係に置かれている。

正義とモラルは
悪と懲罰にそれぞれ置換できる。
そして、
明晰は、愚鈍と非論理性に、
裕福は、貧困と不足に、
愛情は、暴力と無関心に、
知識は、無知と競争に。

自然は、ポジティブとネガティブを
互いにネガティブな関係で構築しない。

ネガティブな存在は
けっしてポジティブな存在の反転からは生成されない。

中性子が電子(ベータ粒子)と反電子ニュートリノを
放出して陽子になる現象のように
電子が陽子から生成されないように
自然は非鏡像的な存在を共存させている。
同時的または非同時的に。

そして、テンセグリティ構造における張力は
圧縮力と非鏡像的に共存し、圧縮力からは生成されない。

圧縮材からのみ思考した構造とその歴史は
決定的に反自然であり
地震などの種々の振動によって構造の崩壊を防止するために
自然に対立する固体的構造しかデザインしなかったのである。

臨床テンセグリティ再考

テンセグリティに関する理論や体系は
単なる歴史と共に過ぎゆく存在に過ぎず
ある種の物質と工学の転移と衰退に過ぎない。

しかしテンセグリティには、
観察から原理が発見されなかった希有な歴史性があり、
これは非体系に属するものであり、臨床テンセグリティの誕生に他ならない。

臨床テンセグリティの圧縮力と張力の相補的な
対比する概念と動的な均衡を補償する最適な工学の歴史こそ、
その真理を保ち続けていくにちがいない。

臨床テンセグリティは、構造の破壊を免れるための
共鳴現象を作動させるために
どのように対称性を導入し
あるいはそれを破壊し不要とするかの真理に関与している。

動的な均衡は有機体生命現象に限らない。

臨床テンセグリティは、つねに超軽量にデザインされ続け、
最終的には、浮遊可能な構造となる。

愛好者たちのディレッタンティズム

シナジェティクスを
自己のテクノロジーではなく
個性を鍛える手段にする以上に
自己を楽しませる(dilettare)手段はないだろう。

それゆえに、
シナジェティクスの愛好者たちはこの半世紀間も
デザインサイエンスを生まなかった。

銀河新年2016 絶望的な連帯の始まり 

貧困化は救済の形態と方法から作り出される。

あらゆる生産的な富の固定化と分配方法の独占こそが
富の緩慢な死である。

1000万人の移動する難民救済のための
食料、エネルギー、水、シェルターの供給が
国連ではなく、貧民の絶望的な連帯から生まれるならば
包括的な宇宙のテクノロジーを利用する以外の道はないだろう。

球状大地と富とをつなぐ本質的な媒介者は
もはや人間ではなく、バンアレン帯を通過する
無数の宇宙線のエネルギーになるだろう。

そのエネルギーを変換するテクノロジーは
すでに発見されているからだ。

そのテクノロジーを効果的に利用するには
最新の宇宙論を理解しなければならないだろう。

太陽系に存続する惑星地球は、つねにエネルギーを受容する器である。

プラトン以後

幾何学は死んだ。
そして新しい幾何学は始まったばかりだ。

動力学的幾何学な観点から
あるいは
反幾何学的な起源を提起するのではなく
幾何学が幾何学から離陸するための概念形成が
いつから起こったのかを問うならば。

プラトン以後の幾何学がどのような型の発展をしてきたのかを
歴史的に観る幾何学は、数学者からも幾何学者からも形成されなかった。

有限性

人々は自分のために
自分の利益のために
そして、自分の家族のために生きる。

しかし、それらの目的に生きる者が
絶えず自己とともに存在することにはならない。

さらに、自己を含む宇宙のために
存在することへの移行は
有限性に自分自身が繋がれている幻想に
直ちに呼び戻されてしまうだろう。

安全システムこそ、この有限性という幻想の結果である。

プライムデザイン再考

シナジェティクスにおいて
容赦なく幾何学と分離する時間は、むしろ
デザインサイエンスと融合させる活動をより明晰に包括的なものにする。

こうした時間はプライムデザインの主権を
実践的だが、脆く、妥協に満ちた不確定的なノウハウと呼ばれる
知的習慣から奪い返すことができる。

デザインサイエンスの概念には
これまでの知的階層構造を無化する
反権力的思考が含まれる。

デザインサイエンスは、建築とはその起源を異にする。